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【翻訳】スカイのデイブ・ブライルスフォードGMが語る「黄金時代の作り方」

 

イギリス自転車競技のここ十数年に渡る発展に関わり、チーム・スカイでは監督、GMとして5回のツール制覇に貢献した デイヴ・ブレイルスフォード が2015年に行った講演を訳しました。 

 

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平凡な選手が、世界一の監督に 

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僕の選手生活はとても平凡なものだった。ツール・ド・フランスで勝てると思っていたが、叶わなかった。ウェールスの北で生まれ育ち、リュックサックと自転車だけを持ちフランスに飛んだ。

幸運にもチームに入ることができ、選手として三年間走った。しかし早い段階で「自分はツールで勝てない」ことに気がついた。フランスでの生活は言葉が話せないこともあり孤独だったので、それを紛らわせるようにトレーニングや栄養学、スポーツ生理学についての本を読み、次第にそれらの虜になっていった。

短い選手生活の後ウェールズに戻り、大学でスポーツ科学とスポーツ心理学を学んだ。その後シェフィールド大学でMBA経営学修士)を取得し、再びフランスに行き大好きな自転車に関わる仕事を始めた。

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最初に言っておきたいのは、僕はレースで勝ったことがなければメダルを取ったこともない。僕の専門は「人を勝たせる」ことだ。つまり、僕の学んでいる領域は「どうやって人の力になるか」なんだ。

選手の力を最大限発揮させる”コーチやスタッフ" の力を発揮させるサポートをし、その為に僕はどのような環境を作り、自分に何ができるのかを日々考え続けている。

なぜなら、チームというのは”静”的ではなく”動”的なものだからだ。常に動き、変化している。そのため毎年異なった計画が必要で、それに”コピペ”は通用しないんだ。残念ながらね。

さて、そろそろ本題に入ろう。

 

自転車後進国からの脱却

一昔前のイギリス自転車チームはいまからは想像できないほど弱かった。

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だがイギリス自転車競技の強化が始まって以降、4つのオリンピックでこれだけのメダルを獲得できた。

オリンピックの自転車競技には18個のメダルがある。僕らは北京五輪で8個の金メダルを取り、その内7個がトラック競技、実に70%の金メダルを獲得したことになる。そして同じような結果をロンドンでも得ることができた。

この世代が偶然強かったからではない。この成果には理由があるんだ。

 

イギリス自転車競技強化の五ヵ年計画 

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ロンドン五輪に向け、国による「大規模な支援」があると聞いたイギリス自転車連盟は、長期的なビジネスモデルを書き、2012年までにイギリスの自転車競技が世界一になれる計画案を提出した。僕はそこにプログラム・ディレクターとして参加し、主な仕事は人材集めとシステムを構築することだった。

この後の成果を”戦略の賜物”と言いたい所なのだが、実はまぐれの連続だったんだ。

そもそもイギリスの自転車競技はオランダなどの欧州諸国に比べ、大きく遅れをとっていた。国内にはプロの自転車コーチさえいなかったんだ。

僕たちは手始めとしてイギリスにいる「スポーツ分野の大学院生」をたくさん採用した。活動的で様々な出自と専門分野を持った、若い男女たちだ。 

この時の僕らに「自転車界の常識」なんて関係なかった。そもそも常識が存在しなかったとも言えるけど。笑 

「国からの豊富な資金がある。よし、科学とテクノロジーで選手のパフォーマンスを向上させよう。」

これが僕らの基本な考えだった。

 

史上初、イギリス人によるツール・ド・フランス制覇

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作成した5ヵ年計画の中では「イギリス人によるツール総合優勝」を掲げ、それを全世界に向け宣言した。これを「5年以内に実現する」と。フランスやスペイン、イタリアは僕らをあざ笑ったが . . . 結果的に4年でツールを2度優勝した。しかも2回とも違うイギリス選手でだ。2012年 ブラッドリー・ウィギンス、2013クリス・フルーム

この成功により、僕のことを”優れた監督”だと称賛する人がいる。しかし、僕は”いままでの監督”のように笛を持って指示なんてしないし、服装で威厳を見せつけることもしない。なぜなら僕は監督の本質的な役割を「人の話を聴く」ことだと思っているからだ。 

僕の役割は、その道の専門家や選手たちに蓄積された知識を一つの壺に入れ、より良いものを取り出せるよう管理・組織化することなんだ。 

具体的に何をどう行ったのかに話を移そう。

 

目標到達に何が必要なのか、徹底的に考え抜く

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僕たちには ”成功” とその "継続" のために厳守した「三つの原則」があるんだ。

1つ目は”戦略”

2つ目は”人”

特に人間の脳の機能に注目した。選手が極限に晒された時に”ベストな選択”をするためにはとても大事な要素だと思ったからだ。

3つ目は”改善への絶え間ない努力”

これはマージナルゲイン(1%の小さな改善の積み重ね)ともいう。

 

僕たちが戦術を練るときは必ず「目標の分析」からスタートする。「勝利には何が必要か?」は、僕らがよく使うフレーズだ。そして膨大な時間をかけ「実行可能な抽象度(具体的な方法)」まで持っていき、そこからようやく ”実践" がはじまる。

目標が明確でなければ到達することはできない。だから目標達成に必要なものが分かるまでこの分析を徹底的に行うんだ。ツール・ド・フランスで優勝する為には何が必要なのか。オリンピックでメダルを取る為には何が必要なのか。それがスタートラインだ。

こうやって考え抜いた戦略があれば「いまの状況」と「いま持っているもの」、そして「いますべきこと」が明確にわかる。

 

理想と現実の「ギャップ」を見極める

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しかし、全ての選手がツールで勝てるわけではなく、全員がオリンピックでメダルを取れるわけでもない。なぜなら選手には到達が「可能な目標」と「不可能な目標」があるからだ。

この選手と目標のギャップが「戦略と実践」によって届くのであれば、即実行だ。しかし不可能なのであれば最初に戻り、選手のリクルートや、育成戦略の立案、ゴールの再定義、目標の再検討などに立ち戻らなければならない。

いま手にしているモノと実現可能性の分析は、非常に大事な作業だ。 

だが、この戦略を立てる過程はそれほど難しくない。困難(そして興味深い)はそれをどう実行するか、つまり毎日の生活や練習での実践だ。

これら一連の行程を行うことで、「勝利の為に必要なもの」と「現在地」そして「これからすべきこと」が明確になる。

次に人間の脳の構造について話したい。

 

イギリスを強くした「COREの原則」

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自分の理想象を思い描いて、その要素を6つ書き出してもらう。簡単に見えて、多くの人は5つで手が止まるだろう。それが現実だし僕もそちら側の人間だ。

なぜ6つ書けないのだろうか?

それは脳の構造、大脳辺縁系前頭葉の対話(モノローグ)のせいなんだ。前頭葉は人間の感情を司っている、結論を出す部分だ。僕らは前頭葉で生きていると言ってもいい。

一方、頭頂葉はコンピュータのように情報を保存しておく場所だ。モノの価値や、学習行動もここに保存される。また習得した反復運動もこの頭頂葉が行っており、おかげで先ほどの前頭葉を使うことなく運動が行える。つまりここ部分のおかげで最善のパフォーマンスが可能になるんだ。

この脳の構造を元に作成したのCOREの原則」だ。

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commitment(献身)ownership(当事者意識)responsibility(責任)excellence(卓越した結果)

僕は中でも当事者意識(Ownershipが何よりも重要だと思っている。

 

ツール王者ウィギンスの秀でた能力

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トレーニング作業負荷を6年間に分析した結果「ブラッドリー・ウィギンスが規格外」だということが分かった。

彼は自分の持っている力を好きな時に発揮できるんだ。ただし、それは彼自身がそう望んだときだけ。誰かに指示された時ではなく、彼自身が力を出したいと願った(内在的な欲求)の時だけ彼の力は発揮される。

これは何を意味しているだろうか?

つまり従来のコーチングやマネジメントの常識である「選手への指示や統制・管理」は役に立たないということだ。

人間とは「落ち着きのない興奮したチンパンジー」のようなものだ。人の命令なんて聞かないし、人からモチベーションを与えられたり、人の都合に沿った行動なんてする訳がない。

そんな人間に対する僕たちのアプローチは選手やコーチ、スタッフの一人一人が持つ意見を活かすことなんだ。それぞれの異なった意見を集め、そこから最適な考えを導き出すんだ。   

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例えば、あるレースの選手選考があったとしよう。選手は普通「自分が選ばれるかどうか」不安になる。だがもし選手全員がその選考がいつ、誰に、どのレース結果の、どういった基準で行われるのかを完全に理解し、選考する人への信頼があったらどうだろうか。むしろ把握していなければ、大きな問題に発展してしまうだろう。

このように僕たちは人間の性質に応じたチーム運営をしている。しかしこれらのマネージメント理論も常に変化する。なぜなら人が常に同じではないからだ。

 

最後に…

プロの選手に必要な水準があるとする。僕らのコーチングによってそこまで押し上げてあげることは可能だ。しかし、選手はその水準以上のパフォーマンスをしなければならない。そうしなければプロの選手としては生き残れないんだ。

 

以上だ。ありがとう。

 

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翻訳した動画はこちら。

Investors in People - Sir Dave Brailsford, Outperformance Roadshow - YouTube